【事例】海外の新しい規制対応費用を騙るBEC攻撃:緊急支払いの手口と見抜く兆候
【事例】海外の新しい規制対応費用を騙るBEC攻撃:緊急支払いの手口と見抜く兆候
「BEC攻撃事例ファイル」をご覧いただきありがとうございます。このサイトでは、実際に発生したBEC攻撃の事例を分析し、その手口や見抜くべき兆候、そして対策のヒントをご紹介しています。
今回の記事では、「海外の新しい規制対応費用」を騙るBEC攻撃の事例を取り上げます。グローバルなビジネス環境の変化に伴い、海外との取引がない企業でも、突如として海外関連の規制対応が必要になる、といった話を聞く機会が増えているかもしれません。攻撃者はそうした状況の変化に便乗し、不慣れな状況にある企業を狙います。この事例から、私たちがどのような点に注意すべきかを学んでいきましょう。
事例の概要:なぜ「海外の新しい規制対応費用」が狙われたのか
この事例は、海外との直接的な取引は少ないものの、グローバルな情報やニュースに触れる機会がある中小企業で発生しました。攻撃者は、ターゲット企業が「海外の状況には詳しくないが、無視できない問題かもしれない」と感じやすい心理を利用しました。
具体的には、企業の役員(例:社長や特定の担当役員)になりすましたメールが従業員に送られ、海外で新たに施行される(架空の)規制への対応が必要であること、そしてその対応を外部の専門家(例:弁護士やコンサルタント)に依頼しており、その費用が発生することを示唆しました。その後、その「専門家」を騙る別のメールが届き、規制内容の説明(もっともらしい専門用語を交えつつも曖昧)と、対応に必要な費用(コンサルティング料や申請費用など)の緊急送金を指示するという流れです。
この事例が特に巧妙なのは、情報が少ない海外の事情を利用している点と、役員と専門家の二段階でメールを送ることで信頼性を高めようとしている点です。
騙しの手口:巧妙に作り上げられたストーリー
攻撃者が用いた具体的な手口は以下の通りです。
- 役員なりすましによる状況設定: まず、役員の名前と非常に似せたメールアドレス(例:ドメイン名の綴りをわずかに変える、フリーメールを使うなど)から、担当部署(経理部や企画部など)の従業員宛てにメールが送られます。「重要な件だが、詳細は担当の弁護士から連絡させる」といった形で、後続のメールへの布石を打ちます。この最初のメールでは具体的な金額や送金指示は含まず、警戒心を抱かせにくいように工夫されています。
- 専門家なりすましによる緊急送金指示: 数時間後または翌日、今度は「役員から紹介された弁護士」や「顧問コンサルタント」といった肩書を騙るメールが届きます。このメールも、実在する弁護士事務所やコンサルティング会社の名前を騙るか、架空の組織名を使います。メール本文には、架空の海外規制に関するもっともらしい説明(しかし詳細は不明瞭)と、この規制への対応がいかに緊急で重要であるかが強調されます。そして、対応費用として高額な送金が必要であること、送金先口座情報(海外の銀行口座や個人名義口座など、普段の取引とは異なる場合が多い)、そして「期限が迫っている」「機密事項なので急いでほしい」といった強い緊急性を示す文言が含まれます。
- コミュニケーションの制限: 攻撃者は、被害者が正規の手段で役員や本物の弁護士に確認することを防ぐため、「この件は極秘」「他の誰にも相談しないでください」「会議中のため電話に出られません。連絡はメールでお願いします」といった指示をメールに含めることがよくあります。
攻撃の兆候:見抜くための具体的な手がかり
この事例において、早期に攻撃を見抜くための「いつもと違う点」や「怪しい点」は複数ありました。中小企業経営者や従業員が注意すべき具体的な兆候は以下の通りです。
- 差出人メールアドレスの不一致/微細な違い: 表示されている差出人名(例:〇〇社長)と、実際に送信されているメールアドレスが一致しない。または、正規のメールアドレスと非常に似ているが、ドメイン名やユーザー名にわずかな綴り間違い(タイポ)がある。正規のドメインを知っていれば、この違いに気づけます。
- 普段と異なる文体・言葉遣い: なりすまされている役員や弁護士の、普段のメールや会話とは異なる不自然な言葉遣い、あるいは敬語の使い方がおかしいなど、違和感がある。
- 不自然な日本語表現: メール本文に、翻訳ツールを使用したようなぎこちない日本語や、誤字脱字、不自然な言い回しが含まれている。
- 唐突かつ曖昧な情報: 事前に全く聞いていなかった海外の規制の話が突然出てくる。規制内容の説明が専門的であるかのように見えつつも、具体的な内容や影響範囲が曖昧である。
- 異常な緊急性の強調: 「本日中」「数時間以内」「最優先で」など、異常に強い緊急性を持って送金を急かす。正規のビジネス取引において、ここまで一方的に、かつ詳細な説明なく送金を急がされることは稀です。
- 連絡手段の制限: 電話での確認を避けさせようとする。「メールのみで連絡」「機密事項のため他言無用」といった指示がある場合は、特に警戒が必要です。
- 送金先情報の不審点:
- 普段取引のない国や銀行の口座である。
- 企業名義ではなく、個人名義の口座への送金指示である。
- 指定された口座情報(口座番号、名義など)に間違いや不自然な点がある。
- 請求書・送金指示の形式不備: 添付されている請求書や送金指示書が、普段使用している様式と異なる。または、社名や宛先が正確でなかったり、企業のロゴの解像度が粗いなど、偽造されたような痕跡がある。
これらの兆候のどれか一つでも見られた場合、それは攻撃である可能性を強く疑うべきです。
事例から学ぶ教訓と対策のヒント
この事例は、情報が少なく不慣れな領域を突くBEC攻撃の典型です。中小企業経営者やその従業員が、こうした攻撃から自社を守るために取るべき教訓と対策のヒントを以下に示します。特に、コストをかけずにできる基本的な点に焦点を当てます。
経営者向け:組織として取り組むべきこと
- 従業員への継続的な注意喚起と教育: BEC攻撃の手口は進化し続けます。今回のような「不慣れな状況を突く手口」があること、そして具体的な兆候を従業員全体に周知徹底することが最も重要です。年一回の研修だけでなく、定期的に注意喚起のメールを送るなどの工夫をしましょう。
- 支払い承認プロセスの明確化と強化:
- 特に海外送金や高額な支払いについては、複数の担当者による承認を必須とするルールを設けてください。担当者一人だけで判断・実行できない仕組みが有効です。
- 「緊急」であっても、必ず正規の承認プロセスを経ることを徹底します。
- 「確認する文化」の醸成: 普段と違う要求や、不審な点に気づいたら「必ず確認する」ことをためらわない組織文化を作ります。「社長に確認するのは気が引ける」といった遠慮が被害につながることがあります。確認はむしろ評価されるべき行動であることを伝えましょう。
- 正規の連絡手段リストの整備: 役員や主要な取引先、顧問弁護士などの正規のメールアドレスや電話番号リストを従業員に共有し、不審なメールを受け取った際にはこのリストの情報と照合して、必ずリストにある正規の連絡先に別の手段(電話など)で確認を行うよう指導してください。メールの「返信」ボタンを使わないことが重要です。
従業員向け:日頃から意識すべきこと
- メールの「差出人」を注意深く確認する: 表示されている名前だけでなく、必ずメールアドレスのドメインや綴りを確認する習慣をつけましょう。正規のアドレスと少しでも違う場合は警戒します。
- メールの内容に違和感がないか確認する: いつもと違う文体、不自然な日本語、唐突な要求、異常な緊急性の強調、情報の共有を制限する指示などは全て危険な兆候です。
- 送金指示は複数名で確認する: 送金指示を含むメールを受け取ったら、一人で判断せず、必ず上司や同僚など、他の担当者にも確認してもらいましょう。特に送金先が海外や個人名義の場合は慎重な確認が必要です。
- 正規の手段で発信元に確認する: 不審な点があったら、メールの「返信」ではなく、会社の電話帳や名刺などで調べた正規の電話番号にかけたり、普段使用しているチャットツールで本人に直接メッセージを送るなど、別の手段で確認を取ってください。「メールで確認してください」という指示であっても、疑わしい場合は別の手段を試みることが重要です。
- 「機密事項」「緊急」という言葉に踊らされない: 攻撃者はしばしばこれらの言葉で冷静な判断力を奪おうとします。情報の秘匿や緊急性を理由に確認を怠らないでください。
これらの対策は、特別なITシステム導入よりも、むしろ組織内のコミュニケーションルールや従業員一人ひとりの意識にかかっています。コストをかけずにすぐにでも取り組めるものばかりです。
まとめ
「海外の新しい規制対応費用」を騙るBEC攻撃事例は、攻撃者が社会情勢や企業の不慣れな状況に便乗してくることを示しています。このような巧妙な手口に対抗するためには、最新の攻撃事例を知ること、そしてメールの差出人や内容、送金指示に含まれる不審な「兆候」を見抜く目を養うことが不可欠です。
そして何よりも重要なのは、従業員一人ひとりがセキュリティ意識を持ち、「怪しい」と感じたら躊躇なく確認を行うという組織文化を定着させることです。今回ご紹介した対策のヒントを参考に、ぜひ今日から貴社でのBEC攻撃対策を見直してみてください。
安全なビジネス運営のために、今後も最新のBEC攻撃事例とその対策について情報を提供してまいります。